2026/05/21

【人間らしさを貫くということ】

「井の中の蛙、大海を知らず。されど空の青さを知る」

以前、この言葉をテーマにしたブログを書きましたが、その続きを綴りたいと思います。

私の生き方について、以前ある方から「宝在心(たからざいしん)」という言葉をいただいたことがあります。これは、戦国武将・上杉謙信の生き方を指す言葉です。

幼少期から仏門に入り、仏教の道を極めた謙信公。しかしその一方で、「毘沙門天の化身」として鬼の心も併せ持つ。この一見矛盾する二面性こそが、彼が「義」を貫いた理由でした。

【謙信公に学ぶ「とどまる」という選択】

謙信公は、間違いなく「大海」を知っていました。天下を取る力も、広い世界を見る機会もありました。しかし、彼はあえて故郷の越後に執着し、そこに「とどまる」道を選びました。

彼は、天下を取ることの無意味さを知っていたのです。支配すること、上に立つことだけが正解ではない。真の強さとは、人のために自ら「鬼」になれる優しさを持ち続けることだと、私は信じています。

私自身、常にその考えとともにあります。成長し、強くなればなるほど、必ず大きな敵が現れる。だからこそ、敵を欺くことも含め、静かに身を守る術を持つ。天下を取るという野心に走らず、ただ「人間らしさ」を忘れないこと。これこそが、私にとっての最大の防御であり、生き方です。

【商売という名の「人間同士の触れ合い」】

私にとってビジネスとは、人間らしさを貫き、「誰かに教え、自分にはできないことを代行する」ことで対価を得る行為です。

難易度が高まれば、それに応じた対価をいただくのは当然のことですが、それがお客様に伝わらないもどかしさに、意欲を失いそうになることもありました。しかし、年々支えてくださるお客様が増え、今では納得のいく仕事を選び、丁寧に向き合える環境が整ってきました。

商売とは、売る側も買う側も、等しく「人間」であるからこそ成立するものです。当たり前のことを、当たり前にやる。その積み重ねの先に、私の商売の完結があると感じています。

【なぜ、私は戦い続けるのか】

昨今、自分の「測り」だけで相手に無理難題を押し付け、正当な対価を支払わない、という悲しい風潮を強く感じます。真面目に商売を続けてきた業者が、経営不振や倒産に追い込まれる現状。それは、今のビジネス界が抱える最大の難題です。

そんな世の中だからこそ、私は戦いたくなります。

私を必要としてくれる人がいる限り、私は止まりません。今、私を支えてくださっている皆様の心が、私という人間の核となっています。もしその人たちがいなくなったら、きっと私はこの仕事を辞めるでしょう。

その日は、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

それまでの間、私は最後の一歩まで「人間らしさ」を貫き通すつもりです。